この記事では、社員が結核を発症した場合の職場の対処方法をご紹介しています。従って、職場の事柄が多く登場しますが、身近な方が発症した場合でも、役立つようまとめました。
また、この記事は、衛生管理者であるぼくが、職場で実際に携わった出来事を元に作成しています。対処するためにさまざまな助言、ご協力をいただいた、保健所の保健師の先生とスタッフさん、社会保険労務士の先生、それから、結核予防会の職員さんには、この場を借りて感謝申し上げます。
それでは、まずは深呼吸。
結核はすぐに二次感染を招くことはまずありませんので、落ち着いて対処ください。
結核(労咳)について
結核は、都内だけで毎年2,000人以上、全国では約2万人の新たな患者が報告されている病気です。例えば中央区だけでも毎年約80人が罹患しています。時代劇や映画では労咳とも呼ばれていて過去の病気だと思われがちですが、身近にある普通の病気のひとつです。
なお、感染と発症があり、「げほげほ」と咳をする一般的な結核のイメージは、発症の方です。
実は感染も発症も簡単にするものではない
結核を発症し、結核菌を排出することを「排菌」と呼びます。この状態は、他者に結核を感染させるリスクがあります。肺の病巣から出た結核菌が、咳などを通じて飛び散って、それを近くにいる人が吸い込み体内に入ります。つまり、結核菌は飛沫感染により感染を引き起こします。
それでも、人体には菌を排出する機能があります。鼻水、痰、咳もそうです。万が一結核菌を吸い込んでしまったとしても(といっても、吸い込んだことに気が付きことはありませんが。)、多くの場合、結核菌は体の抵抗力によって外に追い出されます。それでもしぶとく体内に残ってしまっても、次に免疫機能が待ち構えています。結核菌を免疫が取り囲み、「核」という状態を作り出します。この「核」が結核菌の活動を抑制し、発症を妨ぎます。
感染しても生涯に渡って発症しない場合があるのは、このような機能のおかげです。
- 近くにいてもそもそも排菌していなければリスクはゼロ
- 結核菌を吸っても多くの場合は身体の抵抗力が菌を排出
- 感染しても免疫が核を作って発症を防ぐ
結核と診断されたらどうなるのか
これは、排菌をしているかどうかで大きく措置が変わってきます。
検査の結果、排菌していない場合には通院治療となることが多いようです。通院治療の場合、仕事は感染前と同じように続けることができます。なぜなら、排菌していない場合、感染リスクはゼロだからです。(墨田区保健所 保健師に確認済み)
喀痰検査の結果、排菌していて入院が必要とされた場合は、速やかに入院治療となります。しかし、医療機関によっては、判断に幅を持たせている場合があります。
医療機関では自宅療養とされた場合でも、保健所に報告された後(結核は国指定の感染症であるため、医療機関から保健所への報告が義務とされています。)に、保健所の勧告により入院する例がありました。

ぼくが知る例では、火曜日の午後に入院勧告があり、金曜日に入院しました。
結核発症者に接触した場合
結核発症者に接触していたことが明らかな場合、感染が疑われます。ここでは、ぼくが経験した職場でのケースを例にご紹介します。
職場ではどうするのか
結核発症者が排菌していた場合には、感染リスクが少なからずあります。ましてや、換気の悪い部屋の中で一緒に仕事をしていた場合にはなおさらです。車に同乗していた場合にも、注意が必要です。
事業所には、しばらくたってから保健所より連絡があります。

それは、結核の感染は、体に抗体ができる8週間以降でないとわからないから。それに、発症は、感染後6ヶ月から2年以内に多く、ただちに発症して二次感染を引き起こすリスクはほとんどありません。
結核は、パンデミックのようにすぐに発症し、爆発的な感染を引き起こすものではありません。焦ってあれこれ動かず、しっかりと準備をしてから行動しましょう。
保健所に連絡を取って正確な状況を確認
国指定の感染症である結核は、保健所で取り扱っています。
結核と診断された社員の氏名を伝えて問い合わせれば、必要なことは詳しく教えてくれます。まずは、社員が勧告を受けた保健所(居住地を管轄する保健所)に問い合わせましょう。
事実を他の社員に伝えるか、伝えないか
社内でまず判断しなければならないのは、他の社員に向けて結核の発症があったことを知らせるかどうかです。社内の状況にもよると思いますが、私は、自らの経験から知らせることをおすすめします。
というのも、既に他に感染者がいるかもしれないことと、発症した社員は長期に渡って職場を離脱して入院するため、遅かれ早かれ噂は広まるからです。
さらに問題となるのは、いつから発症していたかわからないという事実があることです。発症が診断を受けた日であることはなく、たいていの場合、診断を受ける前から咳き込んでいたり、体調不良が続いていたり。なかなか医療機関を受診していなかった場合、長期間に渡って排菌していたことになります。
伝える場合は不安や動揺を抑えるために口頭が良い
近年は、会社の中にグループウェアと呼ばれるイントラサイトがあることが多いと思います。この機能やメールを使って一斉配信することが可能ですが、これらの方法はおすすめしません。
社員の結核菌に対する理解度はさまざまです。また、近距離で接触していた人が、想定外の部署にいるかもしれません。(退勤後の飲み会や忘年会も注意です)誰がどんな不安を持ち動揺するか、想定することは困難です。
例えば、誰もがお互いに社員の顔を知っていて、週に数回は顔を合わすであろう100人ぐらいまでの事業所であれば、全社員を対象に、部署ごとに状況を説明して回ってはどうでしょうか。
- 都内では年に2,000人以上の新たな患者の報告があるぐらい一般的であること
- 抵抗力のおかげで多くの場合は結核菌が排出されること
- 免疫のおかげで、感染しても発症する可能性は少ないこと
- 発症は、感染後6ヶ月から2年以内が多く、ただちに二次感染を引き起こすものではないこと
- 発症していなければ、感染は引き起こさないこと
- 今後、保健所が事業所の調査(ヒアリング)をする可能性があること
- 接触者検診は、近くにいた濃厚接触者から行われ、初めから全員が対象となるわけではないこと
- 接触者検診は、5ccの採血を行うIGRA(イグラ)検査によって行われること。
- 現時点において、結核特有の症状(せき、痰、微熱、急に体重が減る、食欲がない、寝汗をかくなど)が出ている、またはで始めた場合には、速やかに医療機関を受診し、医師に「身近に結核発症者がいること」を伝えること
自主的な検査の実施
先に述べた通り、感染から少なくとも8週間が経過しなければ感染の有無を確認することができないことから、保健所はすぐに動きません。
しかし、どんなに説明をしても、小さなお子さんや高齢者など、特にご家族がいる社員の不安は大きいものです。原則として会社に責任はありませんが、自主的に検査を実施して、現時点での不安を解消することができます。
胸のレントゲン写真でわかるのは、結核を発症してからです。胸に病巣が現れることで、診断することができます。結核に感染しているかどうかは、IGRA 検査という抗体の反応を測定する検査によって行います。
結核は労災なの?
労働災害として認められるのは、業務と疾病に一定の因果関係が認められるときです。感染源の特定が困難な結核での労災は聞いたことが無いとのこと。(社労士に確認しました)
結核予防会 総合検診推進センター

結核予防会 総合検診推進センター http://www.ichiken.org/
レントゲン検査はたいていの内科クリニックで受診できますが、このIGRA検査は、都内では唯一、水道橋にある「公益財団法人結核予防会 総合検診推進センター」で受診することができます。

IGRA検査による採血後
検査を予約する際には、自主的に行う検査であることを伝えて予約しましょう。
検査費用:11,880円*(税込)
検査費用は現金払いで、結果を郵送で受け取る場合には、検査費用に加えて郵送代として80円または82円切手の持参が必要です。
*検査費用は変更となる場合はありますので医療機関で確認してください。

結核感染検査結果
検査結果に関して、郵送を選んだ場合は約2週間で指定した宛先に届きます。この結果表では「陰性」、つまり、感染は確認されませんでした。
最終接触日注意
IGR検査によって調べられるのは、結核に感染してから8週間が経過してからです。それ以前に検査を受けた場合、検査から遡って8週間前までの状態しかわかりません。8週間以内に感染したかどうかは、わからないのです。
しかしそれでも、当面の安心を得るためには実施した方がよいと考えます。
ここで感染が確認できなければ、他に体調不良を訴えることが無い限り、保健所の連絡を待つだけです。万が一感染が確認された場合は、そのまま結核予防会 総合検診推進センターに通院して、発症を抑えるための指示を仰ぎましょう。(ここは事例がないので割愛させていただきます)
初動まとめ
- まずは居住地と事業所のある保健所に連絡して情報収集
- すぐに二次感染は起きない、落ち着いて、しっかり準備して行動
- 社員にお知らせする
- 不安が強い場合は自主的にIGR検査を実施
保健所からの連絡
保健所に届出があってから2週間から3週間後に、結核を発症した社員が勤務していた事業所に対して連絡が入ります。この電話では、簡単な職場状況の確認と、来社日の調整、準備しておくものの指示があります。
東京都中央区では、近年は年間50社程度の訪問があり、そのうちの1割程度で二次感染者が発見されています。なお、事業所から結核患者が発生したことを公表する制度はありません。社会的な影響が大きくなりニュースなどで報道されない限りは、公に露見することはありませんのでご安心ください。ただし、頻繁に他社に出入りしていた社員が結核を発症していた場合は、相手先にも調査が入る可能性があります。これは、感染の拡大を防ぐ為にやむを得ないことです。感染の拡大を招くことから隠すのはやめましょう。
保健所が来社するまでに用意しておくと良い物
- 職場のレイアウト図(接触頻度が高い、同じフロア・同じ部署だけで良い)
- 社員名簿(対象は上と同じ)
- 自主検査の結果(実施していれば)
- 他に、よく一緒に飲みにいっていたような接触者を洗い出しておくと良い
保健所の担当者(保健師である場合も)が来社すると、まずは「結核」という病気に関して説明があります。ここまで読んでいただいた方であれば、おそらくは既に調べて頭に入っていることばかり。せっかくですから、疑問が残っていることを質問してクリアにしておきました!
説明が終わると、保健所からいくつかの質問があります。
- 結核を発症した社員の勤務場所
- 勤務時間
- 発症する前の様子(咳をしていたなど)
- 直前の健康診断(レントゲン)の実施時期
- 一緒に勤務していた社員の特定
- 自動車の運転の有無(密閉空間の同乗者を特定)
それが終わると当該社員が勤務していた職場に移動して、職場の換気状況及び他の者と接触していた程度を、ヒアリングを交えて確認します。
こうして、職場の調査・ヒアリングが行われ、概ね1週間で保健所は接触者検診の対象者を決定します。接触者検診とは、結核の二次感染が発生していないか確認するもので、保健所が対象者を指定した場合には、国の費用負担により行われます。
接触者検診は、最もリスクが高いグループ(=最も濃厚な接触者)から実施します。このグループに感染者がいなければ、二次感染は無いと判断されて終了します。仮に感染者がいた場合は、次に感染リスクが高いグループに対象者を広げて接触者検診を実施し、それでも感染者があれば以上のことを繰り返します。
接触者検診
接触者検診の対象者が決まると、保健所より検診実施日が伝えられ予約名簿が送られてます。受診希望日、氏名・生年月日等を記入して返送し、予約します。検診実施日は翌月からとなっていました。
一般的に、保健所において接触者検診が行われます。東京都中央区の場合は、聖路加病院のすぐそばに保健所はあります。
中央区保健所付近の地図
予め受け取っていた問診票に必要事項を記入して、保健所を訪ねました。9時00分を指定されていましたが、降車駅を間違えたこともあって到着したのは9時30分。建物に入ってすぐの受付窓口で、何事もなかったかのように「接触者検診です。」と言いましたよ。
窓口で注意事項が書かれた受診票を受け取り、氏名・住所・連絡先を記入しました。それを提出して待つこと数分、「アガシンさん」と問診室に呼ばれます。
中では、保健師の先生より次の質問がありました。
- 接触した頻度
- 最後に胸のレントゲンを撮影した時期
事業所で伝えたことは、まったく共有されていないようでした。
さらに、いくつか説明を受けました。
- 検査の精度は100%ではないので、体調不良が長引く場合には呼吸器科を受診するように。
- 陽性(感染)の場合は、記入した連絡先(携帯電話)に電話します。
終わると退室して、次は別の部屋に。
接触者検診は、IGRA検査という血液の抗体反応を検査する方法で行われます。つまり、採血です。スピッツ菅3本に、それぞれ1ccの血液を採血します。1本あたり、ほんとにちょっとずつ採ります。

採血の後は、砂時計が落ちる5分間待って終了です。
止血バンドを外して、絆創膏を貼って帰りましょう!
結核治療中の精神的なフォロー
入院勧告や入院措置があって入院し、投薬による治療が行われていても、体は元気な場合が多々あります。原則として怪我や痛みのある病気ではありませんので、入院中はやることがありません。退院のためには、週に1回の排菌していないことを確認するテストを受け、それが3回(3週)連続して陰性とならなければなりません。最後の1回が陽性であれば、1回目のテストからやり直しとなります。つまり、陽性だった場合は退院が少なくとも3週間は伸びることとなり、心が不安定になってしまうケースがあります。
私の経験から言えるのは、ご家族がいない方の場合は特に、週に一度は理由を見つけてメールなどで連絡し、フォローした方が良いですね。誰かと繋がっていることを感じるだけで、安心できますよね。
落ち着いて、丁寧に
結核は、きちんと薬を飲んで治療すれば治る病気です。また、発症を確認してからも対処する時間には余裕があります。経験からわかったのは、スピードよりも確実にひとつひとつ丁寧に対処することが大事だということ。
わからないことは保健所に問い合わせて二次感染者を増やさないようにするとともに、また、不安や動揺が広まらないように関係者に対しては丁寧に説明して対処していきましょう。
ぼく自身、当初は社員が結核を発症したと聞いて慌てました。しかし、急ぐ必要はないということが分かってからは、社員に対して丁寧に説明することを心がけました。中には、小さいお子さんや90歳になろうかというご家族を心配して過剰反応を示す社員もいましたが、丁寧に説明することで乗り切りました。
ぼくの経験が、ご自身のまわりに結核発症者がいる方の助けになれば幸いです。
結核予防・早期発見のための4か条
- 年に1回、健康診断等で胸部レントゲン検査を受ける。(65歳以上の方は、感染症法の規定により、毎年1回健診を受けることになっています。)
- 咳・たんの症状が2週間以上続く場合は、早めに内科や呼吸器科を受診する。
- 日頃からバランスのよい食事をとり、規則正しい生活を心がける。
- 赤ちゃんはBCG予防接種で結核の重症化を予防する。(定期予防接種の期間中<1歳の誕生日の前日まで>は、無料で接種できます。(保健所によれば、生後5ヶ月から8ヶ月がおすすめ)